
ワシントン州とオレゴン州では、日本の多くの自治体と姉妹都市・友好都市提携を結んでいる市や郡があります。こうした関係は長年にわたり市民レベルの交流を通じて育まれ、草の根の国際交流を支えてきました。今回は日米間の姉妹都市の取り組みに焦点を当て、これまでの歴史や活動を振り返ります。
(ライトハウス 2026年6月号 特集「あらためて知る、ワシントン州オレゴン州の姉妹都市 〜コミュニティーに根ざす交流の今〜」より、ポートランド市、オレゴン州の記事を抜粋)
北海道 札幌市 × ポートランド市|土地柄とテクノロジーを生かした交流
ポートランド日本庭園にある五重の石灯籠は姉妹都市である札幌市からの寄贈品です。また、札幌市の大通公園にある「ベンソンの水飲み」はポートランドからの寄贈品で、ダウンタウンにあるものと同じデザインです。さっぽろ雪まつりの参加、博物館の展示品のための翻訳など、他にはないユニークな形でお互いを支え合う両市の関係について、ポートランドのNPOにお話を伺いました。

1959年11月17日、札幌にて盟約書にサインをする札幌市長とポートランド市長。
札幌とポートランド 独自の文化交流
札幌市とポートランド市が姉妹都市提携を結んだのは1959年。アメリカのさまざまな街で姉妹都市提携を結ぶ機運が高まっていた時代です。ポートランド市が日本で姉妹都市提携ができそうな街を探し、開拓者が入植して街ができた歴史、緯度や気候が近いこと、農業や酪農が盛んなことなど共通点が多いことから提携に至りました。Portland-Sapporo Sister City Association(PSSCA)の菊地さんは「今になって思えば、アイヌ文化、ネイティブアメリカン文化がそれぞれ街に影響を与えている共通点もあります」と補足します。当初はポートランド市が姉妹都市事業に関わっていましたが、姉妹都市活動専門の組織として1969年にPSSCAを設立。現在は市から独立したNPOとしてPSSCAが両者をつなぐさまざまな事業を取り仕切っています。
姉妹都市となった5年後の1964年、日本庭園の開園準備中だったポートランド市に札幌市から寄贈されたのが四国産の花崗岩でできた五重の石灯籠です。元は1900年代初頭に小樽区初代区長金子元三郎氏の所有物だったとされています。日本庭園は1967年に公式に開園し、以来、石灯籠は庭園のシンボルになっています。対してポートランドからは1966年に「ベンソンの水飲み」が寄贈され、今でも大通公園の2丁目にたたずんでいます。
両市にとって大きなイベントの一つが5年に1度の周年事業。市長、それに議員団や市民団がお互いの地を訪問し合い、1989年には札幌から約400名が専用機でポートランドを訪れたこともありました。他にも札幌やポートランドの観光局や経済関係団体など、さまざまな団体が互いを訪問する際にはPSSCAが間に入って調整をします。
また、PSSCAが毎年のように参加しているのが札幌の雪まつりです。1987年、雪まつりで行われる国際雪像コンクールに初参加。パンプキンカービングの得意な人などでチームを組み、34回目の出場となる今年は、フッドリバーとサーモンをモチーフにした作品を作りました。

ポートランド日本庭園の石灯籠。灯籠の下に埋め込まれた石は、北海道の形を模しています。
Courtesy of Portland Jaoanese Garden, photo by William Sutton

2026年2月の札幌の雪まつりの国際雪像コンクールに参加したポートランドの雪像チーム。
学術、翻訳でも交流
もちろん、多くの姉妹都市同様に教育関係の交流もあります。ポートランド市内には日本語イマージョンの小中高があり、グラントハイスクールと札幌市内の高校生の交換留学プログラムを実施。PSSCAでは、ポートランド側の生徒の選考の手伝いや、両市の学生へのスカラシップの提供を行っています。コロナ禍中も、札幌市の国際交流プラザとオンラインイベントを共催し、学生の交流を絶え間なく続けてきました。
また、PSSCAの事業の一つに翻訳プロジェクトがあります。1909〜1942年までオレゴンには『央州日報』という日本語の新聞がありました。戦時中にFBIなどに押収されてほぼ現存していないのですが、2000年代に入り、一部がマイクロフィルムで残っていると判明。しかし、オレゴン日系人博物館にとって、旧仮名遣いの古い日本語の解読は困難なものでした。そこで札幌市で旧仮名遣いの読めるボランティアを募り、読み上げてもらうことに。旧仮名遣いでタイプされた文章を、さらに手分けして現代の日本語に翻訳。ポートランド側では現代語訳を英訳しました。このプロジェクトは大きな反響を呼び、他の翻訳依頼も来るようになりました。
2023年からはヤスイファミリーに関する文書の翻訳に取り組みました。戦時中に夜間外出禁止令の違憲性を問い、戦後もマイノリティーの公民権のために戦った日系2世の弁護士ヤスイミノル。その父、益男は兄と安井兄弟商会を営みながらフッドリバー周辺の日本人コミュニティーとアメリカ人コミュニティーの橋渡し役として活躍しました。筆まめだった益男の残した手紙、メモ、家族に関する書類が段ボール150箱分あり、所蔵するOregon Historical Societyから翻訳を依頼されたのです。新聞と同様の作業が行われ、今は同博物館のデジタルコレクションとして約200点が公開されています。また、この翻訳を機に、現在、同博物館ではヤスイファミリーに関する展示を行っています。
PSSCAの菊地さんは「日系人が長年築いてきた努力のおかげで、ポートランドでの日系人や日本人に対する信頼は厚く、私たちはその恩恵に預かっています。なので、私たちの活動がコミュニティーに還元できたことはとてもうれしいことでした。私たちにあまり予算はありませんが、アイデアとやる気のある人がいて、翻訳はそれがうまくハマった好例だと思います。翻訳に関しては問い合わせもいただいていて、公共性の高いものを優先しながら今後も取り組んでいきたいです」と話します。

2026年3月、札幌からの高校生をホストファミリーがポートランド空港で出迎えているところ。
得意な人が得意なことを
もっとゆるく札幌とポートランドがつながるイベントもあります。年に数回行うPSSCA主催のSapporo Hang out。ブルワリーやカフェで集まったり、ピクニックに行ったり、札幌に興味のある、縁のある人が、自由に集まって食べて飲んで話せるイベントで、こちらは10年近く続いています。
このように、札幌とポートランドは姉妹都市をきっかけに、多岐にわたる活動を行ってきました。菊地さんは「姉妹都市が締結した頃は1ドル360円の時代で、そのときにできた国際交流は限られていたと思います。そこから約70年経ち、時代と共に内容も変化してきました。テクノロジーのおかげで翻訳のやりとりが簡単できるようになり、交換留学生がホストファミリーとSNSで長くつながっていると聞くとうれしくなります。PSSCAの運営は寄付頼み。理事も全員ボランティアですが、それぞれがやりたいことを潰さず『それ良いね!』とトライしてみる気風があります。得意なことは人それぞれ違うから、いろんなことができているし、これからも形を変えながら活動は続いていくのだと思います」とまとめてくれました。
さて、そんな札幌とポートランドの次のイベントは6月の札幌フードフェアです。2026年は宇和島屋ビーバートン店だけでなく、ワシントン州側の全店舗に出店し、PSSCAもサポートする予定となっています。

毎年6月のRose Festivalのパレードには、ポートランドのSister Cities Coalition の一員として参加しています。

2024年、65周年のフェアエルパーティで、札幌の秋元市長とPSSCA理事の一部。
冷戦真っただ中の1956年、第34代アイゼンハワー大統領は一般市民同士の交流があれば戦争が起きにくくなると考え「People-to-People Program」を設立しました。これは一般市民や民間主導でスポーツや芸術、学問や教育、医療などさまざまな分野で交流することを後押しするもので、ここから発展したものが自治体同士がつながる姉妹都市制度です。1950年代後半から60年代にかけてアメリカ国内で多くの姉妹都市関係が結ばれたのにはこのような背景があります。片や日本では観光目的での海外渡航は64年まで制限されていました。当時の日本人にとって姉妹都市という仕組みは一般人が外国の文化に触れられる貴重な機会だったのです。
富山県 × オレゴン州|再び動き始めた交流
富山県とオレゴン州は1991年に友好県州を締結し、交流を続けてきました。交流が落ち着いた時期もありましたが、2020年に新しい富山県知事が就任。知事就任以前からオレゴンとの交流があった新知事の下、両者のつながりは再び活発になりました。現在、富山県庁ではオレゴン州に姉妹県州担当者を派遣しています。帰国したばかりの2代目担当者と、間もなく着任予定の3代目担当者にお話を伺いました。

1991年の友好県州締結調印式の様子。
スピーチや学生がつないだ次世代の交流
1980年代後半、急激な円高やバブル経済を背景に日本の国際化が進行。富山県でも国際化の機運が高まり、日本と結びつきの強いアメリカ、中でも自然や気候風土の類似点が多いオレゴン州が友好州候補となりました。1989年には「富山県青年・女性海外派遣団」がオレゴン州を訪問。その後、オレゴン州が特産品を紹介するオレゴンフェアを富山県で行い、以降、富山県からの日本語教師派遣や、両県州での職員の相互派遣などの交流を経て、1991年に友好県州を締結しました。
最初の約10年は教師や県州職員の交流が続きましたが、助成金制度の終了や交流体制の変更などもあり、徐々に交流の機会が少なくなっていきました。姉妹都市提携を交わしたものの、ほぼ機能していなかったり、休眠状態が続いたりしている自治体は日本でもアメリカでも珍しいことではありません。そんな2020年、新田八朗氏が富山県知事に就任。同知事は富山県とオレゴン州の交流が活発だった頃に青年会議所の一員として、県内の子どもたちがオレゴン州でホームステイをするプログラムに同行したことがありました。新田知事は就任後初の海外出張として2022年にオレゴン州を訪問。州政府と覚書を交わし、経済、観光、人的交流を深めていくことになりました。
知事の訪問や覚書の締結は、突然実現できたものではありません。友好提携5周年ごとには両県州でイベントを行い、また、オレゴン州では大学生を対象とした日本語スピーチ大会の富山カップを1996年から続けてきました。コロナ禍中もオンラインで継続してきたのです。また、ポートランドで日本語イマージョン教育を行うリッチモンド小学校の児童が南砺市の小学校を訪れ、南砺市の中学校がマウントテーバー中学校に生徒を派遣する活動も20年以上続いてきました。こうした地道な草の根の交流活動を続けてきたことは、活発な交流を再開させる大きな足掛かりとなりました。

2026年の富山カップ。毎年ハイレベルな戦いが繰り広げられ、優勝者には富山旅行が進呈されます。
2022年、新たな局面へ
2022年の覚書以降、富山県では富山カップに倣ってオレゴンカップを開始。県内の大学生がオレゴンの大学生とチームを組み、英語のスピーチを行う大会になっています。さらに、県内の大学生に向けたビジネス研修も開始。毎年約20名の大学生がオレゴン州で現地の企業を訪れ、ビジネスパーソンの話を聞き、グループでビジネスプランを作って発表。大学生に起業家精神を身に付ける機会を提供しています。
そして、大きな変化といえば、富山県職員のオレゴン州への派遣です。今回お話を伺った谷口さんは2代目派遣職員として2026年3月まで駐在し、佐野さんは2026年の7月から3代目として駐在する予定です。まず、初代と2代目の担当者が行ったのは州内での活動拠点作りと富山県の知名度アップ。谷口さんは「経済交流を始める前に富山県を知っていただく必要があります。まずは州内で富山県のファンを増やし、富山県の応援団になっていただきたいという思いで活動してきました」と振り返ります。そこで、富山県にゆかりや興味のある方を対象にした富山ミートアップを不定期で開催するようになり、2025年にはオレゴン富山県人会を設立しました。また、同年は特産品を販売する富山フェアを宇和島屋ビーバートン店で初めて開催しました。さらに、州内イベントでは観光誘致ブースで見どころを紹介し、富山県の存在感アップに努めています。

ポートランドで開催されたToyama Meet Up。富山県出身者やJETプログラムで富山に行ったことのある人などが集まりました。

ポートランド市内では富山県の食をプロモーション。富山から関係者も多く渡米し、富山の特産品をアピールしました。

イベントでは富山県の観光をPR。立山黒部アルペンルート、合掌造り集落、そしておいしい魚など魅力がたくさんあります。
次のステップは経済交流
今年は友好提携35周年。8月には富山県知事らが再びオレゴンを訪れる予定で、準備が進んでいます。知事の訪問中には、再び宇和島屋で富山フェアを開催します。また、オレゴン州側も秋には富山県を訪問する予定です。
これからの交流を考える上で谷口さんらが参考にしているのが、1989年に地元企業の技術研修を機に始まった入善町とフォレストグローブ市の姉妹都市交流。どちらも人口3万人に満たない小さな自治体ですが、入善町長がフォレストグローブ市長の自宅にホームステイをしたり、入善町でホームステイをしたフォレストグローブの子どもが成長して市長になり、自分の子どもをホームステイに送り込んだりと、姉妹都市委員会が小規模ながらも熱心に活動しています。「以前参加した入善町の手作りの交流会がとても心温まるもので、本当の草の根活動はこういうことかと思いました。富山県の活動にも派手さはないかもしれませんが、少しずつ活動を続けられたらいいなと考えています。」と谷口さんは話します。
次のステップとして狙うのが、オレゴン州との経済分野での交流です。2025年、魚津市にある魚津商工会議所青年部では国際事業を行うことになり、魚津の魚に合うクラフトビールをアストリアにあるFort George Breweryで特別に作ってもらいました。仲介役は本誌のコラムでもおなじみのレッド・ギレンさんです。アストリアも魚津と同じ港町ということで、同ブルワリーが選ばれました。魚津商工会議所青年部は、いずれは市内にクラフトビールのブルワリーを立ち上げ、その際にはFort George Breweryにも協力してもらいたいと考えています。
経済面での両者の交流はまだ芽吹き始めたばかり。今後が非常に楽しみな分野となっています。

2025年、宇和島屋ビーバートン店での富山フェア。日本酒の試飲と販売も行いました。
オレゴン州と姉妹・友好都市関係にある地域
州内の市や郡×日本の市や町(提携年)
- Oregon State × 富山県(1991)
- Portland × 北海道札幌市(1959)
- Newport × 北海道紋別市(1966)
- Seaside × 北海道積丹町(1966)
- Oregon City × 長野県立科町(1974)
- Ontario × 大阪府狭山市(1974)
- Gresham × 北海道江別市(1977)
- Hood River × 青森県鶴田町(1977)
- Eugene × 静岡県掛川市(1979)
- Coos Bay × 千葉県銚子市(1983)
- Salem × 埼玉県川越市(1986)
- Beaverton × 静岡県御殿場市(1987)
- Wilsonville × 福島県喜多方市(1988)
- Hillsboro × 静岡県袋井市(1988)
- Forest Grove × 富山県入善町(1989)
- Canby × 北海道岩見沢市(1989)
- Roseburg × 埼玉県久喜市(旧菖蒲町)(1993)
- Lake Oswego × 埼玉県吉川市(1996)
- Pendleton × 福島県南相馬市(1998)
- Newberg × 兵庫県朝来市(2000)
- The Dalles × 徳島県三好市(旧池田町)(2003)
- Madras × 長野県東御市(2005)
- Umatilla Indian Reservation × 岡山県岡山市(2005)
- Florence × 岐阜県山県市(2005)
- Eagle Point × 群馬県昭和村(2011)
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(ライトハウス編集部)





